何もしないということ:ミャンマーの路上から

3度目のヤンゴンを訪れていた。
現在は、次の目的地であるホーチミンに向かう途中。
バンコクでトランジットの時間を過ごしている。
 

 

 
ヤンゴン空港の目の前は広大な更地になっていた。
巨大なショッピングモールでも出来るのだろうか。
空港を出て、少し歩いてからタクシーを捕まえ、ヤンゴン市内へ向かう。
 
 
ヤンゴン市内の路上には所狭しと露天が並んでいる。
昼間っから良い歳した大人が紅茶を飲み、仲間と談笑している。
何を話しているのかなどまるで分からないが、皆楽しそうだ。
 
 
ミャンマーの雇用不足は深刻だ。
昨今急激な成長を遂げていると言うが、依然としてGDPは10億円に満たない。
そこら中で職業は足りていない。
 
大学を卒業しても、きちんとした給料の出る職に就く事は難しい。
そもそも高校から大学に進学出来るのは大体3割くらいだそうだ。
そうして定職のないまま社会に出た大人は、朝から茶屋で無職仲間との会話に花を咲かす。
無職でも、皆で居れば怖くないとでもいうように、彼らの顔には不安げな色など一切無く笑顔が溢れている。
豊かな国と言われる日本で、毎日何かに追われるように過ごしている僕たちからしてみれば、どこか異様な景色かもしれない。
愚かだと嘲笑う人もいるだろう。
しかし、毎日何もしなくても楽しそうな彼らのことをどこか羨ましく思う自分がいる。
資本主義に巻き込まれて経済が発展していくうちに、いつしかこうした景色も失われていくのだろうか。
そんな日常が失われてしまう前に、少しだけ彼らの何もしない幸せを僕も分けてもらう事にしよう。